平簡易裁判所 昭和31年(ハ)52号 判決 1956年11月14日
原告 佐藤新
被告 横田一郎
主文
一、被告は、原告に対し、金二〇、〇〇〇円及びこれに対する昭和三一年三月一六日から完済まで年五分の割合による金員を支払うべし。
二、原告その余の請求は、これを棄却する。
三、訴訟費用は、これを一〇分し、その一を原告の、その九を被告の負担とする。
事 実<省略>
理由
(一) 原告が常磐炭礦株式会社の従業員であり、被告が鮮魚商を営み、昭和三〇年五月五日午後九時二〇分頃常磐市湯本三函二八番地先国道(通称上町踏切北方約五〇メートル)上において、被告の運転していた自動三輪車と原告が衝突して、原告が傷害を負つたこと、被告が、平市方向から時速約二〇キロメートルで前記地点附近に差しかかつた際、反対方向から進行してきた大型バスの前照灯により、前記国道(幅員約一一米)の左側(原告の進行方向よりすれば国道右側)前方約一五メートルの地点を、原告が酒に酔つてふらつきながら内郷市の実弟佐藤清方に行くため歩行してくるのを認めたが、被告は右大型バスとすれ違うため、国道の左側にかなり片寄つて進行し、原告の進行方向と極めて近接するに至つたことは、当事者間に争がない。
(二) 原告本人の供述により成立を認める甲第一号証、甲第三ないし第七号証と成立に争のない甲第一〇、第一二、第一三、第一四号証と証人村上寿美夫、同関根勝、同佐藤清(第一、二回)、原告本人、被告本人の各供述と前記当事者間に争のない事実を総合すると、
(イ) 原告は左眼を失明しており、平素から通行に際しては事故発生を予防すべく心掛けていたものであるところ、昭和三〇年五月五日夕刻友人と飲酒して焼酎約四合を飲み、内郷市に居住する実弟佐藤清方に行くため、同夜九時二〇分頃常磐市湯本三函二八番地先通称上町踏切北方約五〇メートルの衝突地点附近の幅員約一一メートルの国道上の右側(原告の進行方向より見て)の舖装のない部分(右国道はその中央部分幅員約六メートルにコンクリート舖装がなされ、両側にそれぞれ約二メートルの舖装されていない部分があるが車道と歩道の区別はない。)を内郷市方向(北方)に下駄履きで歩行してきたが、その頃原告は、前記飲酒のため、相当酩酊しており、約一五メートル離れた場所からでも、その歩行状況により酩酊していることが判る状態であり、被告の自動三輪車が前方から進行して来るのに気付かなかつた。
(ロ) ちようどその頃被告は、内郷市方向から、自動三輪車を運転して前記国道左側(被告の進行方向より見て)を時速約二〇キロメートルで南方に向つて進行してきたが、大型バスが反対方向から進行して来たので、その前照灯により、原告が約一五メートル前方を酒に酔つて歩行して来るのを認めたが、右大型バスとすれ違うため、一旦ブレーキをかけた後、国道の左側に片寄り、その運転する自動三輪車の左側後車輪は、舖装のある部分とない部分の境界線に接近して舖装のない部分にある状態で、変速ギアをニユートラルにして減速して進行して来たが、原告の注意をうながすために、警音器を鳴らすことをせず、右大型バスとすれ違うためにその方にばかり注意して、原告に対する注意を怠つていたが、右大型バスと無事すれ違つたので、加速して進行しようとした直前原告を間近に認めたけれどもこの原告に対して、自動三輪車を避譲させ、若しくは一時停車させるなどの臨機の措置をとらないでいるうち、原告がよろめくようにして、自動三輪車の前部風防ガラスに衝突して右ガラスを破壊し、原告は、道路左側(被告の進行方向より見て)の溝に頭部を入れるようにして倒れた。
なお、右事故の前後において、被告の自動三輪車には故障個所はなく、法令に違反しない程度の前照灯はつけており、右大型バスのほか、附近に交通しているものはなく、被告が道路中央寄りに方向を転じたり、一時停車するについて、障害となるものはなかつた。
(ハ) そこで、被告は、自動車を急停車させ、原告を湯本病院に運び治療を受けさせたが、原告は、右衝突事故により顔面及び前胸部挫創の傷害を受け、右治療に昭和三〇年五月二五日まで通院加療を要し、そのため、同月六日から同月二九日まで勤務先である常磐炭礦株式会社を欠勤し、右欠勤した期間中平均日給四二五円の二四日分計一〇、二〇〇円の得べかりし利益を失つたが、これに対してその六割に当る金額の休業補償の保険給付を受け、また同年五月六日から同月一二日までの間付添看護人を必要としたので、この費用として計金四、三四〇円を支出し、同年五月六日から同月二九日まで二四日間実弟佐藤清方に寄食して、食費として金四、八〇〇円、同期間中の栄養補給のため牛乳、氷、果物などに金一、九二〇円を同人に支払い、なお、事故当日から同月二〇日まで通院自動車費として金四、一〇〇円を要した。
ことを認めることができ、右認定に反する証人佐藤清(第一、二回)原告本人、被告本人の各供述部分及び甲第二号証は、採用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
(三) およそ自動三輪車の運転者は、その前方に酩酊歩行して来る者を認め、しかもその進路が、自己の進路と極めて接近する可能性のあることを認めたときは、警音器を鳴らして、相手に注意をうながすとともに、その者の行動に注意を怠らず、時宜に応じて、進路を変え、もしくは一時停車して交通の安全に注意する業務上の義務があるところ被告は、前記のように、原告が酩酊して歩行していることを認め、自己の進路に極めて接近する可性能のあることを認め得たのに、原告に対して注意をうながすための警音器を鳴らさず、また原告のその後の行動に注意を怠り、自動車三輪車を一時停車させたり、大型バス通過後道路中央寄りに進路を転ずることを怠つて、原告に対し前記のような傷害を負わせ、金銭的損害を与えたことは、その過失によるものであると認定せざるを得ない。
(四) しかして、被告が、前記過失により原告に対し賠償すべき額は、前記(二)の(ハ)において認定した原告の損害中、原告が勤務先を欠勤したために失つた日給合計金一〇、二〇〇円のうち、保険給付によつて得た六割を除いた残余の四割、すなわち、金四、〇八〇円、付添看護費金四、三四〇円、栄養補給費金一、九二〇円及び自動車賃金四、一〇〇円の計一四、四四〇円並びに本件事故によつて、原告が蒙つた精神的苦痛に対する慰藉料として、前掲各証拠を総合して妥当な額と認定する金一〇、〇〇〇円の合計金二四、四四〇円であつて、前記原告が保険給付をうけた部分及び原告が佐藤清方に寄食療養中の食費金四、八〇〇円は、被告に対して請求すべき理由がない。けだし、既に休業補償によりその六割の補填を得ている以上、保険者に代位するならばともかく、代位請求の要件についても主張立証のない本件においては原告において、蒙つた損害として、これを請求できる筋合はなく、また、佐藤清方に寄食中の食費は、既に欠勤中の日給相当額及び付添看護費を損害額として計上しているから、右食費中元来原告が生存するに必要な限度の食費は、当然前記日給相当額から支出されるべきものであり、その他の部分すなわち、佐藤清方に寄食せざるを得なくなつたため、増大した費用だけについて、請求すべきものであるところ、原告の立証をもつてしては、その要求額のうち、いかなる部分が右増加費用に該当するのか、また、仮に全額が右増加費用に該当するとの主張とすれば、寄食先が、実弟方であることに鑑みて高額に過ぎる嫌があり、結局その額を明確に算定することができないから、理由がないことに帰着するからである。
(五) 原告が、本件事故発生当時、被告の自動三輪車に気付かなかつたことは、前記認定のとおりであり、本件事故発生場所のように歩車道の区別のない道路を歩行するに際しては、歩行者といえども漫然歩行することは許されず、また歩行に際しては、車馬の通行に注意して、時宜により、一端停止したり、退避するなどの処置をとつて、交通事故防止に協力すべき義務があるとするところ、原告は、左眼を失明しているため、平素の心掛から、本件事故発生当時も、道路右端に近い部分を酩酊歩行していたとはいいながら、前記認定のような前照灯をつけて徐行してくる被告の自動三輪車に全然気付かず歩行を続けたことは、原告の過失というべく、右過失は、本件損害賠償額の算定に当つて斟酌すべきものと認める。
(六) よつて、右原告の過失を斟酌するときは、被告の原告に対する損害賠償額は金二〇、〇〇〇円をもつて相当とし、右金員に対する本訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和三一年三月一六日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金を求める限度において、原告の請求を認容し、その余の請求部分を棄却し、訴訟費用について、民事訴訟法第九二条を適用し、仮執行の宣言は、これをなさないのを相当と認め、主文のとおり判決する。
(裁判官 福森浩)